DBS体験談
何より、オフにならないこと、歩けることがすごく嬉しいです。

  • M.T.さん/67歳/女性/鳥取県
  • 発症時年齢 50歳
  • DBS手術時年齢 64歳

症状からパーキンソン病ではと思いましたが、しばらくは家族にも相談できませんでした。

15年程前に、右手に震えが出始めました。マークシートの黒丸がうまく塗りつぶせず、これはおかしいと恐怖を感じました。以前テレビでパーキンソン病の特集を見たことがあったのですが、病室で寝たきりになった患者さんの姿を鮮明に覚えており、この手の震えはパーキンソン病ではないかと、直感でわかったのです。家族にも言えませんでした。前兆かわかりませんが、この出来事がある前にも、昼間にうとうとベッドで横になっている時に、突然ベッドから海の底に突き落とされるような感覚になることが何度もありました。1人きりになると不安で仕方がなく、居てもたってもいられないような気分でした。

3週間後、近くの内科を受診しました。パーキンソン病らしいとのことで、通院を開始しました。その後引っ越しをきっかけに、主人が書籍で見つけた別の病院のパーキンソン病の専門医に診てもらうことになりました。この先生は、年に3〜4回患者さんとご家族向けに講座を開いてくださっており、そこで普段の外来では対応しきれないような患者さんからの質問や不安に対して、回答してくださっていました。毎回50〜60人は集まるとても人気の高い会でしたが、ある回で先生が手術について意見をおっしゃっていました。先生がDBS手術を勧めた患者さんが手術後に廃人同様になってしまったため、自分は絶対に手術をすすめない、という内容でした。この時の影響で、私もずっと「頭の手術というだけで恐ろしい上に、廃人の様になってしまうなんて(治療の選択肢として)ありえない。」と思うようになりました。

はじめは手術の話題に触れるのも嫌なほど、嫌悪感を持っていました。

結局この先生には9年ほどお世話になりましたが、5年前に鳥取県に引っ越しをしたのをきっかけに、近くの大学病院に通うことになりました。ここの神経内科の先生は、すぐに私がDBSの適応となると思ったようで、最初からDBS手術を勧めてくださいました。しかし当の私は手術に悪いイメージしか持っていませんので、手術の話題に触れるのも嫌なほどでした。

最後は寝たきりになるのであれば、今体の動くうちに自分が楽しいと思えることをやっておこうと思い、ゴルフのスクールやダンス、カラオケ、国内外の旅行など、アクティブに活動していました。しかしその後、パチンコ依存と買い物依存の症状が出始めてしまいました。とにかくテンションが高く、自分のお金がある限りは全部使ってしまってもいいと思っていました。今思うと、どうしてあんなことしていたのだろうと思うのですが…。その頃は薬を頻繁に飲んでいたにもかかわらず、朝起きると体は動かず、いくら飲んでも足りない状態でした。症状の変動も激しく、外出先でオフ状態になってしまうことは多々ありました。ジスキネジアも相当でていましたが、家事は何とか自分でやれていました。主治医からは、ここまで症状が進行しているので、DBSがいいと言われました。

そして2年前の5月に、手術前の適応判断のため、3週間入院しました。掛け算・引き算の他、聞き取りテストや心理テスト、画像の検査、薬の確認などを行いました。この検査入院で、私の甲状腺の値が高い(のちに甲状腺機能亢進症と診断されました)ことが見つかりましたが、DBSの手術をする方向で決まりました。この検査入院から手術当日までの半年間は、パーキンソン病の症状はもちろん、甲状腺機能亢進症に伴う体のだるさや呼吸の苦しさ、腰の痛みの悪化と、いろいろなことが重なり、辛かったです。この間、注射薬による治療でパーキンソン病の症状改善も図りましたが、期待した効果は実感できず、結局注射口から細菌がはいったためか足が象のように腫れてしまっただけでした。追い詰められた気持ちの中、もうDBSをお願いするしかないと先生に伝えたところ、すぐにDBS手術を行っている岡山県の病院の脳神経外科の先生を紹介してくださり、受診することになったのです。

もっと早くDBSを決断していたら、腰もここまで悪くなっていなかったのでは、と今は少し後悔しています。

DBS手術は、2015年3月に行いました。もっと早くDBSを決断していたら、腰もここまで悪くなっていなかったのでは、と今は少し後悔しています。当時は行き場を失っていましたので、手術の怖さはありませんでした。手術当日は、「やっとこの日がきた。この苦しさに比べると、どんなことにも耐えられる。」という気持ちでした。手術を行う脳神経外科の先生、そして紹介してくださった神経内科の主治医を心から信頼できていたことも大きかったと思います。


鳥取県 大山(だいせん)のふもとにて(2016年)

手術後は、大仕事をした後の達成感がありました。お蔭さまで症状の変動は少なくなり、先生が言っていた通りの効果をすぐに実感できました。薬の量は半分になり、ジスキネジアも減少しました。見事だと思いました。そして何より、オフにならないこと、歩けることがすごく嬉しいです。手術をして、数年前の自分を取り戻すことができたと感じています。

もし腰痛がなければ、パーキンソン病という病気を気にせずごく普通に暮らせていたと思いますが、現実は、ヘルニアによる腰痛が原因で、最近はあまり積極的な気分になれないのが残念です。当時だから手術を決断できたのであって、今だったら体力的、精神的にも決断できなかったかもしれません。パーキンソン病で悩まれている方には、DBSという良い治療もあるということを知ってほしいと思います。

私が今こんなに楽でいられるのも、DBSのおかげです。先生方と主人には、本当に感謝しています。私の体験談が、今悩まれている方やご家族の励みになれば嬉しいです。

ご主人からのメッセージ

手術前は部屋の中に寝たきりだったのを考えると、家族も精神的にとても楽になりました。妻は、DBSをしたことで普通の生活ができるようになり、DBSを受けることができてよかったと感じています。しかしその後腰痛が悪化してしまったため、外出があまりできなくなってしまったのが残念です。健康のためにももう少し外に出て行って欲しいです。

この手術は医師が勧めないとなかなか受けることができないことが多いと思います。けれど、患者さんやご家族自らが、このような治療があることを知っておいた方がいいと思うのです。今はインターネットでもいい情報がたくさん取れますので、将来の治療法の選択肢として、是非知っておいて欲しいと思います。

(2016年12月)

主治医のコメント

竹内さんは他県でパーキンソン病と診断され、10年近く薬物療法をされた状態で鳥取県に転居され、私の外来に来られました。やや気忙しく、ジスキネジアを伴いながら、レボドパが欠かせないことを懸命に伝えてこられました。患者さんは病院にONの状態をあわせて来院されますので、診察医の目にはジスキネジアを伴いながら抗パーキンソン病薬の増量を求める患者さんとして写りがちです。しかし、その裏には病院では見せない苦痛を伴うOFFがあり、OFFの苦痛はジスキネジアの苦痛の比ではないことを理解する必要があります。竹内さんは、初診の時点で、薬効が高く、ON−OFF、ジスキネジアの目立つDBS手術の適応のある患者さんでした。DBS手術に対する恐怖と抵抗感から何年も手術を躊躇されました。また、手術を決断された後も、バセドウ病、バセドウ病治療に伴う合併症による手術延期や腰痛症で安定期まで時間を要しました。現在も不自由や苦痛がないわけではありませんが、OFFやON時のジスキネジはほぼ消失し、ご夫婦で朗らかに外来通院してくださっています。術後毎週のように刺激強度と薬物調整をさせていただいた期間は私にも良い経験となりました。今後も、患者さんの希望や訴えによく耳を傾け、より良い状況で療養いただけるようサポートしたいと思っています。

監修:安井建一 先生(同愛会 博愛病院 神経内科)

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